2012年08月30日

岳18巻 誰も彼を止められなかった

ネタバレしてますので、これから読む方は飛ばして下さい


岳18巻が先月の17巻に続き、本日発売。

自分の目指していた山、ローツェ登頂を目前に放棄し、エベレスト一行の救援に向かった三歩。

彼と仲間のパーティ、オスカー隊の行方を見届ける最終巻になるんですが、うーん、こういう終わり方しかなかったのかなあ、とちょっと残念。

お勧め出来ない。特に「岳」好きには、読むなとさえ言いたい。

最後の無線を聞いてからの三歩の行動は、如何に8000m上での朦朧とした意識での判断とはいえ、どうなのか。
また彼を止めない(その描写は無いが結果的に止められなかった)、シェルパのテンジンもテンジンだ。

作者は明らかに俯瞰的な視点を無くして着地点を見誤ったし、そこにどんなストーリー的な深読みも無用だと思う。
どのあたりからか分からないが、しかし恐らく、作者はこの救助のさなか、三歩と共に吹雪に吹かれており、零下何十度の中に確かに「いた」。

だからこそ起きた、この二重遭難。
いや、作者も入れて三重の遭難。

三歩が山頂に救助に、無謀なる救助に歩き出してしまった。
それを作者も編集者も誰も止められなかった。
彼を思いとどまらせる言葉を、作者すら持たなかった。

このエンディングは悲しい。
三歩は生きて帰ってくるから三歩であって、誰かの無茶を止めるのが彼だった。
今回だけは、いや今回こそ、彼は、誰かに止めてもらわないといけなかった。


posted by Maron at 21:26| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自己満足の解説。
自己陶酔の文章。

>だからこそ起きた、この二重遭難。
>いや、作者も入れて三重の遭難。

ストーリーに掛けて山用語で表現するオレ、
カッコイ〜ってか。
抽象的な表現ばかりで、全然論理的じゃない。
何が言いたいか全然伝わってこない。

着地点を見失ってるのは三歩でも作者でもなく…

Posted by 通りすがり at 2012年09月24日 11:40
通りすがり様

自己満足のコメント、ありがとうございました。

「岳 18巻」とか「岳 18巻 ネタバレ」で検索される頻度がすごく増えているので、こういう”クズなコメント”も入るんですかね。(ま、ブログ本体も結構クズだが)

まずそもそもこれ解説じゃないし。

通り過ぎようか、ちょっと迷ったけど、書いてやったぜ。
チョーシ乗りに一言物申すオレ、カッコイ〜って感じですか。

で、しかし貴方はここで何が言いたいんですかね。

こんなチラシの裏レベルの感想文に「通りすがり」が”通り過ぎ”ないで、わざわざ書き込んだってことは、何かを言いたいんですよね。

こんな誰でも書ける表層的な批判コメントでなく、貴方の「岳」18巻に対するロジカルな評論なり解説なり反論なりを待っていますよ。
Posted by Maron at 2012年09月24日 23:02
たまたま岳18巻のアマゾンのレビューを見て、批判的な
意見が多くてビックリ!して、ここにたどり着いた訳ですw
おじゃましますね。

で、読ませてもらいましたけど、
僕は岳をずっと読んで来たファンですが、
がっかりって事は無かったなぁ。
三歩が死んで(死んだように見えてホントは生きてますが)、
とても悲しかったですが、がっかりというのとは
全然違いました。むしろ、とても感動しました!
ぜひたくさんの人に読んでもらいたい
と思いました。
あなたの感想は自分とまったく違うのでw
とても興味深く、なぜ気に入らなかったのか
ぜひ知りたいと思いましたので、
コメントしますね。

無理な救助を行なった事が一番気に食えわないんですか?
それが馬鹿な行動だと言いたいのでしょうか?
とりあえずそう仮定して書いていきますね。

以下は誤解を恐れずに書きたいと思いますので、
どうか怒らないで聞いてくださいねw

まず人間は、本質的に馬鹿な行動や無謀な
行動をしたがるものだと思います。

小さい頃ブランコでどこまで高くこげるか
挑戦して怪我したりしませんでしたか?
ジャングルジムの一番上までとっても怖かったんだけど、
登りきってすごく嬉しかったこととかありませんか?
馬鹿みたいですよね?
登山すると言う行為もそういうものです。
ボルタリングや他のスポーツにも同じことが
言えませんか?たとえば陸上で100mをいかに
に早く走るか延々と練習し、ある瞬間に賭ける
とか、本質的には全く無意味で馬鹿げた行為
です。
他にも遊園地のジェットコースターとか
恐怖を味わうためにわざわざ
お金を払うのですから、
なかなかのものですよね?お化け屋敷や肝試し。
スカイダイビング。
車でドライブとか、ガゾリン使って
無駄に走り回る人っていますよね?
時には死ぬかもしれないと思うほどの
スピードを出したいと思うときもあるかも知れない。
喫煙とか体に悪いと言われるのに、
吸っている人は大勢います。
また、最初に月に行きたいと思った人は
どうでしょうか?あそこどうなってるんだろ?
よし行ってみよう。とか思ったんじゃないでしょうかね?

全部意味なんて無いし、
馬鹿みたいなものじゃないですか?
なんかスカッとするとか、好奇心を満たすために
馬鹿なことするのが人間じゃないですか?
あなたは音楽が好きなんですよね?
僕も音楽は大好きです。でもお金払って、
音楽聴いたり何の意味があるんでしょうか?

全部馬鹿みたいだけど、
ある命を賭けた馬鹿げた行為は
とても人を感動させることもあるかもしれません。
ある馬鹿げた行為はとてもスカッとするかもしれません。
また、ある行為は意外と人類の進歩に貢献したりするかもしれません。

僕もいくつかの馬鹿なこと、大好きです。
もちろん興味の無い馬鹿なこともあります。
人間って馬鹿なことしたがるんです。
まずその前提があります。


そして三歩が無謀な救助を行なったのは、
三歩が自分の”救助能力”の限界に
命を賭けて挑戦たんだと思います、
例えば、つい最近8000m級の山を全部制覇した
竹内さんと同じように。
その挑戦は三歩にとって、すごく楽しかったし、
とてもつらかったし、死の恐怖も感じていたと
思います。
「恍惚と不安と二つ我にあり」でしょうね。
馬鹿なことかも知れませんが、
人は命を賭けて挑戦したいと思うこともあるので
はないでしょうか?
そして命をかけた挑戦である以上、
死んでしまうこともあるかと思います。
僕は自分の救助能力の限界に挑戦した三歩に
とても感動しましたよ。

というのが僕の意見ですが、
感じ方は人それそれですので、
あなたの意見もとても興味深く
読むことが出来ましたよ。

※長くなっちゃいましたすいません。
Posted by AK at 2012年12月25日 04:25
AK様

コメントありがとうございました。
貴方の仰るように、無意味で馬鹿げた行動を取ることにこそ我々人間の本質があるのではないか、というご意見はもっともで、私もそう思います。
我々は多くの場合、好奇心に突き動かされた結果、未来を見ます。

よくマンガ家が言うように、筆が乗ってくると、キャラクタは作者の思惑を超えて、勝手に動き始めるらしいですね。
私はこの18巻を読んだ時に、というか17巻の終わりあたりから、三歩は作者の手を離れたような印象を持ちました。
本来、三歩ならどう判断し、どう動くかを描くべき作者が、まるで三歩の貪欲な好奇心にせっつかれて描かされているような、そんなイメージです。

私は別に「がっかり」したのではなく、「ちょっと残念」なだけなんですが、貴方が書くようにこのような「無謀な救助」を、彼はこれまでしてこなかったし、そのあたりのマナーは弁えていたはずなのに、なんというか三歩のペースに巻き込まれたように思える作者は、俯瞰すれば、もうちょっとこの作品を良いように仕上げられたのではないか、ということです。

ここでいう「良い」というのは、合理性の世界です。
なので、言い換えればそれは、現実的に、商業的に、ファンの願うように、という意味も含みます。
伝説の名作にしようと思えばできたし、続編だって描けたかもしれないけれど、あえてそういう手を使わなかった作者は潔いといえば潔いです。が、何も死なすことないじゃん、ということ。

例えば『宇宙兄弟』で、日々人が月面で仲間を救ったあと、酸欠でそのまま死んだら、読者は残念で興醒めな思いをするじゃないですか。
そこで奇跡が起こるから、マンガはマンガで、そんなマンガを私は心から面白いと思います。

私は一昨年から登山を始めましたが、丸山から行く西穂高独標の先、三歩が救助を行っていた山々にはまだまだ行けないと思いました。
こんな初心者が行けば死ぬからです。
命をかけて何かをやるのと、死ぬと分かっていてやるというのは、似ていますが全く違います。

いつか三歩が救助で駆け巡った山を歩いてみたいですが、もう三歩は「いない」と思うと、そこに一抹の寂しさがよぎります。
この類の寂しさは山登ラーにとって悪と呼んでよいと思います。

山はジェットコースターともお化け屋敷とも違うから。
本当に簡単に死ぬから。
三歩には死んでほしくなかったなと思うファンもいていいでしょう。
Posted by Maron at 2012年12月25日 22:17
返信ありがとうございます♪

おー!あなたも登山するのですね♪
西穂独標はどうでしたか?とてもいいところですよね♪
たしかに西穂高独標〜奥穂高は一般
登山ルートではないので、それなりの技術が
必要かも知れませんね。
僕は奥穂〜ジャンダルムは行ったことありますよ♪
怖いとも思いましたが、すごく楽しかったです。
とてもいい思い出です。


なるほど〜。またと〜っても興味深く読めました。
宇宙兄弟はちょっと読んでないので分かりませんでしたが・・・

あなたが気に入らない部分を、僕は仮定して
書きましたけど、だいたい合ってましたか?


死んでほしくないという思いは、
僕も強く持ちましたよ。
死んで正解とか、よかったなんて全く思ってません。

「無謀な救助」と書きましたが、
一般人にとっては無謀ですが、
三歩にとっては可能な範囲と認識していたと思います。
もう一回書きますねwww
三歩は可能な範囲と認識していたと思います。

ネパールに三歩が行ったのは
自分自身への”挑戦”のためです。
同僚の救助隊員の落石事故に遭遇した
三歩は落ち込んでいましたね。
そして挑戦をする為に15巻以降の
ネパールの旅に出ました。
もともとの目的はローツェ単独ですが、
天気を見てビックリするほど、
アッサリ諦めました。

そしてオスカー隊の遭難現場に現れます。
三歩は山岳救助が仕事です。
”山岳救助”こそが三歩の挑戦なんです。

三歩と草介君の会話です。
草介「なぜ他人のために登るのか?」
三歩「いつも自分のために登っている。」
草介「なぜそこまで頑張れるのか。」
三歩「自分の中にもう一人いて、
誰が見たって絶対登れないって分かるスゲー山
があって、その山の前に登る気満々で一人で立ってる。
登れると思って立ってんだ。
そんな感じ!」

その後草介は気付きます。
「人を助けること自体がデカイ山なんだ。」と。

このシーンは三歩が救助を困難な登山と比喩
しているシーンです。
そして救助が可能だと信じている場面でもあります。
エベレストでの救助が三歩にとっては
挑戦し甲斐のある、また絶対登れる山(救助可能)だと認識していたのです。

ちなみにこのシーンは17巻と18巻のを合わせた
表紙の絵になっていますね。

僕は三歩は生きている、と信じています。


また、自分の思い通りにならないことは
漫画や小説や映画や音楽だけでなく現実においても当然よくあります。
受け手が願うようにならないこともあると思います。
僕にとって「岳」はラストも含め名作になっていました。
たとえ三歩が死んでいたとしても。
死んでませんが。

>>山はジェットコースターともお化け屋敷とも違うから。本当に簡単に死ぬから。

馬鹿な行動を人は好むと言う例を挙げた部分ですね。
確かにジェットコースターやお化け屋敷では命を落とす
事はありませんね。
では、スカイダイビングやカーレースやバイクレース、スタント、
サーカス。宇宙へ飛び出す人々、などはどうですか?
いずれも死と隣り合わせです。
チャップリンやジャッキー・チェンの映画はどうですか?
最近8000m級の山を全部制覇した竹内洋岳さんとかね。
命がけのバカは魅力的であるし、見る人でさえ魅了すると思いますよ。
Posted by AK at 2012年12月26日 03:53
AK様

度々のコメントありがとうございます。
最初のコメントで、おや、と違和感を感じながらあえて触れませんでしたが、貴方は三歩は死んでいないと読んでいるのか、死んだと読んでいるのか、どちらなのでしょうか。
前者であれば、全く私の読みとは異なりますし、そう読める方にとってはグッドエンディングでしょうね。

>三歩が死んで(死んだように見えてホントは生きてますが)
>たとえ三歩が死んでいたとしても。死んでませんが。

「命がけのバカ」は魅力的でしょうが、ミイラ取りがミイラになるほどのバカでは無かった、野放図に見えて実は極めてクレバーなクライマー、という設定を破綻させてのエンドはやはり作品としては、失敗していると私は思います。
Posted by Maron at 2012年12月26日 23:09
死んでいないと信じていますが、
謎ですね。でも仮に死んでいたとしても、
バッドエンディングだとしても、
作品が失敗だったなんて思ってませんよ。

ミイラ取りがミイラになって失敗作。
この部分ですね。なるほどぉ。

最初に書いたようにすべての人は馬鹿をしたがります。
この前提がわかってもらえないんですね。

その意味ではクレイバーな人なんてこの世にいません。
山岳救助を行う人にもいません、山岳救助
なんてものすごく危険を伴いますからね。
でもすごくかっこいいと思うし、尊敬できます。
なぜ山岳救助やりたいと思ったんでしょうか?

そして挑戦する姿は素晴らしいと思いませんか?
Posted by at 2012年12月27日 07:24
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